粟津潔

April 12, 2009

雑誌が生んだアート群

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「氾濫するイメージ 反芸術以後の印刷メディアと美術1960's−70's」4月4日(土)〜5月17日(日)
八王子市夢美術館
 
 
 
 
 
 
 
 
 
昭和40年代に印刷メディアを通して展開された8人の作家のポスターや装幀、挿画、版画、原画やオブジェなど600点を超える作品や資料の数々を展示するというもの。出品作家は、赤瀬川原平、粟津潔、宇野亜喜良、横尾忠則、木村恒久、タイガー立石、つげ義春、中村宏の8人

昭和40年代、美術は時代に応じて前衛的な動向が注目され、それまでの「絵画」や「彫刻」を否定した「反芸術」が登場。やがて、視覚的なイメージの豊かさからはほど遠い、色彩や図像がおさえられた禁欲的な表現が広がる。このころ、イメージの主流というものは、「美術」よりもむしろ、出版やポスターなどのグラフィック表現や、マンガといったサブカルチャーにあった。それを支えたのが進歩した印刷技術と才能あふれる人々の存在だった。

赤瀬川原平「警察バンザイ」1972/横尾忠則 * 不詳

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木村恒久 「共存 - 吉野家のサンダース大佐」1979/「UFO捕獲大作戦」1977

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宇野亜喜良「マックスファクター」1965/タイガー立石「Time Elevator」1979

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粟津潔 「第二回世界宗教者平和会議」1964/「人命救助法」1972 (安部公房 芝居) 紀伊国屋ホール

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March 02, 2008

指紋の荒野を彷徨う

粟津潔荒野のグラフィズム
粟津氏のデザインとわかったのは、後年だった。安部公房や松本俊夫のブックデザイン、ゴダール映画の日本版ポスター、それら一種独特のグラフィックはすべて同一人物によって描かれたものだったのだ。その集大成がフィルムアート社から発売された。その本のデザインを祖父江慎がやっているのも秀逸。

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◇粟津 潔(あわづ きよし、1929年2月19日)グラフィックデザイナー
東京都目黒区出身。法政大学専門部中退。絵画・デザイン技法は独学である。背景やフォルムを緻密な線や混沌とした色彩で構成し、一見ファインアートであるかのように見える作風が特徴。油彩作品も多数制作している。

1955年の日本宣伝美術界展(日宣美)で日宣美賞受賞。1960年に建築家の有志を募り『メタボリズム』を結成する。その後武蔵野美術大学商業デザイン学科(現・視覚伝達デザイン学科)助教授に就任、デザイン教育に携わる。1966年に『エンバイラメント』の会を結成、翌年の1967年頃から大阪万国博覧会のテーマ館別構想計画などを練る。その他、国内外問わず国際的なプロジェクトに参加している。1990年に紫綬褒章受章。http://www.kiyoshiawazu.com/



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