February 14, 2010
ワタシの電子出版考:浮世絵 衰退にみる時代の変遷
2009年9月19日〜11月8日
東京都江戸東京博物館
墨田区横網1-4-1
少し前の展示のカタログを再度読みなおしてみて考えた。
大正時代に浮世絵が再復興したというのが展示企画の前提だったのだ。江戸時代にもてはやされた浮世絵がどうして大衆性を失ってしまったのか?それは、浮世絵などの木版画は、明治末期に新聞や写真にその役割を奪われ歴史の表舞台から消え去ったからだ。しかし、その技巧の精緻さや作品の希少性からアートとしてのポジションを得た。
このことは、電子出版の未来を考える上でも参考になる歴史の経緯である。
ドイツ出身の金属加工職人であったヨハネス・グーテンベルクが1445年に活版印刷術を発明し聖書を印刷したことが現在の出版の起源とされている。さらに、印刷が発明されるはるか以前のギリシャ時代には、演劇が新聞の役目を果たしていたという。歴史は変転を繰り返す。
現在の電子出版礼賛は、単純に紙が電子にとって替わるという単純なものではない。紙の規模と質に変化が起きるだけなのだ。逆に考えれば、洋装が普段着になった日本でも、いまでも着付け教室や着物が販売されているように紙の印刷物が完全に無くなってしまうことはあり得ない。規模が小さくなるだけなのだ。
日本で、最初の電子書籍用リーダーは1990年に発売されたソニー製電子ブックプレイヤー「データディスクマン」(8cm CD-ROMを記録メディアに使用)だった。WINDOWS95によるインターネットの普及も、テキストの電子化に拍車をかけた。テキストデータは、CD-ROMのようなパッケージ化からブロードバンドによる大量流通の経験を経て、現在の携帯電話による電子書籍販売やキンドル、iPadなどの専用端末時代に突入しているといえる。
現在の日本での電子書籍市場についての現状と考えをまとめておきたい。2003年11月に、KDDI auを通じてビットウェイ社が、日本で初めてはじめて携帯電話でダウンロード方式のコミック配信を開始した。インプレスR&Dインターネットメディア総合研究所の調査によると、2008年度の電子書籍市場規模の推計は464億円。前年比31%増。86%は携帯電話向けであり、そのまた82%は電子コミックである。つまり日本の電子書籍市場の7割が携帯コミックということなのである。
ここから先の分析は実業をやっている私の感覚だが、その8割は、大手版元が出版している人気コミックなどではなく、アキバやコミケで売られているボーイズ・ラブ(通称BL)と呼ばれる女性向けエロ漫画なのである。新しい端末には新しい切り口のコンテンツが常に時代を先導するものなのだ。紙の本にないものが売れる。考えてみれば当然といえる。過去の名作をわざわざダウンロードしなくても、ブックオフに行けば100円で買えるのだ。また、携帯電話での電子書籍普及には「電話料金との重畳」(コンテンツ代金が一緒に支払える)や「携帯のブロードバンド化」、そして「通信回線の定額制」など3つの基本要素がうまく整ったことも成功の要因と考えられる。
さて、米国で騒がれているキンドルやiPadの襲来をどう考えれば良いのか?それらの専用端末は、私のような40歳代以上が主要なターゲットだろう (ケータイ世代=30歳代を上限とした若者世代)。紙の世代だから本という形に拘りたいという懐古趣味の方もいると思うが、携帯電話だと単に端末が小さくて読みにくいだけで、視認性の問題が解決されるような大判の端末や新作が紙と同時、あるいは先行して発売されれば電子に移行するという方もいると思う。この世代ならクレジットカードも持っているのでケータイ世代のような携帯キャリアの課金である必要はない。ここでのポイントは、紙世代の電子書籍マーケットは「ゼロ」に近いということである。だから、ソニーが2004年4月14日に発売した電子書籍リーダー「LIBRIe(リブリエ)」は、2008年7月1日、わずか4年あまりで撤退した。
ギリシャ演劇や浮世絵のような場所や時間が限定されるメディア・コミュニケーションの時代から、CD-ROM、DVD、Blu-ray Discの大容量パッケージ化を経て、今後はますますのインターネットのブロードバンド化や屋外使用のホットスポットが増設されるだろう。そんな時代に、利用者はテキストの専用端末だけで満足するだろうか?動画や写真やその他のコミュニティとの活動を主眼としない端末は、一過性(あるいはその分野)のブームに過ぎないのではないだろうか。それが歴史から学ぶ教訓である。電子書籍専用端末が普及しなくても、印刷所は過去の刷り師が失職したことと同じ道を辿る。編集プロダクションに丸投げしていた大手版元の編集者も失職する。
良い作品を創るクリエイターとそれを発見しマーケティングする編集者のみが次世代も生き残り続けるだろう。
そんなことを考えながら、大正時代の浮世絵を眺めるのも悪くない...。