Event

March 20, 2010

アーティストのウェディングはギャラリーなのである

RERIKA 長田哲 山城えりか
『TOKYO WEDDING』

2010.03.11 19′
T&G ARTS TOKYO  
港区六本木5-9-20-




先日、アーティストの山城えりかさんが、同じくアーティストの長田哲さんと結婚された。その結婚式がギャラリーで行われるというので、参加させて頂いた。

実に、「らしい」結婚式でとても良かった。TOMOE HAYAMAさんや冬川智子さんなど意外と知り合いがいて不思議な繋がりを感じた。

最後は、アーティスティックなケーキ(下右)で〆!
末長いお幸せを祈念しております!

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February 28, 2010

ARでもVRでもないREAL

SCCソニーコンピュータサイエンス研究所
「三人の研究者」展

2010.02.26-28
ギャラリー・ルデコ
渋谷区渋谷3-16-3
03-5485-5188




コンピューターサイエンスを研究する3人の博士による作品展が開催されているので行ってきた。学術博士のAlexis Andreさん、芸術工学博士の藤木淳さん、情報理工博士の大和田茂さん。もともと学会を通じて「意気投合した」という3人が、作品展示を通じて各研究テーマを紹介する。

大和田さんの「Communication Toilet」は、「トイレの中と外の人が仲良くなり、励まし合いながらトイレタイムを乗り切ることを可能にする装置」だそうで、なかなか発想が面白い。コミュニケーションのない場所でコミュニケーションを創りだすというコンセプトを深化させ応用できれば面白いと思う。下記に写真もあるが、デザイン性・実用性に欠ける部分があり残念だった。

Andreさんは、フランス出身で2002年に来日し、昨年秋より同研究所に勤務する。学生時代からメディアアートに興味を持っていたというAndreさんは今回、音を「虫」の映像に変換して可視化する装置「Sound Bugs」を開発。動き回る虫の映像を「ちぎったり」「混ぜたり」することで音を作り出すことも可能だという。「自分の手で『音』に触れる楽しさを知ってもらえれば」。

藤木さんは「『物理法則からの解放』のきっかけとなる表現」を研究する日本学術振興会特別研究員。モニターに映し出された3次元コースに従うように実際のロボットが現実の台上を動き回る作品「2D.3D」は、「現実世界よりも仮想世界が優先された世界の構築」を目指して制作した。

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同研究所は1988年に設立。「研究とは本来個人が自発的に行うもの。研究所はそれをサポートする存在」として、研究者は各自が独立して研究に挑み、論文や研究用ソフトウエアなどの研究成果は研究者個人の名義で発表される点が特徴。

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February 07, 2010

エンターテイメント充実の日

media平成21年度[第13回]文化庁メディア芸術祭










2010年2月2日、文化庁メディア芸術祭の内覧会/贈呈式/祝賀会に招待されたので行ってきた。というのも、先述の通りソニー・デジタルの出版ビジネス第一号である寺田めぐみの「煩悩美人図鑑」がマンガ部門で審査員推薦作に選出されたのである!やった!

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いろいろ面白い受賞作品の展示があった。右上=マンガ部門大賞の「ヴィンランド・サガ 」の著者である幸村 誠氏が展示ブースに直筆イラストを描き終わったところ。左下=アート部門 審査員推薦作「Box2」(Nika OBLAK/ Primoz NOVAK)というテレビの中の人が外に向かってボコボコに殴ってくる(笑) 中央下=アート部門優秀賞作 「Nemo Observatorium」(Lawrence MALSTAF) 白い微粒子が巨大透明シリンダーの中を待っているが、中心に座る人物には一切 風も粉もからない...不思議だ。

そして祝賀会では、チェコのアニメーターJiri BARTA(イジー・バルタ)氏やタイの漫画家ウィスット・ポンニミット氏と話すことが出来た。審査員の一人である しりあがり寿先生とも話すことが出来た。寺田作品を手渡したら、それを持ったまま壇上でご挨拶となってしまった。スミマセン!(笑)

その後、ワタシのスタッフと一緒に寺田さんを囲んで祝賀会を開いた。ちなみに、寺田さんのブログはココ。

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January 13, 2010

Madonna's speech moved my mind deeply...

vma2009_480MADONNA 's speech dedicated to Michael Jackson









ちょっと前の話だが、2009年9月にMTVのイベントVMAでマドンナがマイケル・ジャクソンを偲んだスピーチを行った。心を動かされた。その深さに涙がこぼれた。下記に、日英すべて再録する。

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Michael Jackson was born in August 1958. So was I.
Michael Jackson grew up in the suburbs of the Midwest. So did I.
Michael Jackson had eight brothers and sisters. So do I.
When Michael Jackson was six, he became a superstar, and was perhaps the world’s most beloved child.
When I was six, my mother died. I think he got the shorter end of the stick. I never had a mother, but he never had a childhood. And when you never get to have something, you become obsessed by it.

I spent my childhood searching for my mother figures. Sometimes I was successful, but how do you recreate your childhood when you are under the magnifying glass of the world?

There is no question that Michael Jackson is one of the greatest talents the world has ever known. That when he sang a song at the ripe old age of eight he could make you feel like an experienced adult was squeezing your heart with his words. That when he moved he had the elegance of Fred Astaire and packed the punch of Muhammad Ali. That his music had an extra layer of inexplicable magic that didn’t just make you want to dance but actually made you believe you could fly, dare to dream, be anything that you wanted to be. Because that is what heroes do and Michael Jackson was a hero.

He performed in soccer stadiums around the world, and sold hundreds of millions of records and dined with prime ministers and presidents. Girls fell in love with him, boys fell in love with him, everyone wanted to dance like him. He seemed otherworldly ? but he was a human being.

Like most performers he was shy and plagued with insecurities. I can’t say we were great friends, but in 1991 I decided I wanted to try to get to know him better. I asked him out to dinner, I said “My treat, I’ll drive ? just you and me.”

He agreed and showed up to my house without any bodyguards. We drove to the restaurant in my car. It was dark out, but he was still wearing sunglasses.

I said, “Michael, I feel like I’m talking to a limousine. Do you think you can take off your glasses so I can see your eyes?”

Then he tossed the glasses out the window, looked at me with a wink and a smile and said, “Can you see me now? Is that better?”

in that moment, I could see both his vulnerability and his charm. The rest of the dinner, I was hellbent on getting him to eat French fries, drink wine, have dessert and say bad words. Things he never seemed to allow himself to do. Later we went back to my house to watch a movie and sat on the couch like two kids, and somewhere in the middle of the movie, his hand snuck over and held mine.

It felt like he was looking for more of a friend than a romance, and I was happy to oblige. In that moment, he didn’t feel like a superstar. He felt like a human being.

We went out a few more times together, and then for one reason or another we fell out of touch. Then the witch hunt began, and it seemed like one negative story after another was coming out about Michael. I felt his pain, I know what it’s like to walk down the street and feel like the whole world is turned against you. I know what it’s like to feel helpless and unable to defend yourself because the roar of the lynch mob is so loud you feel like your voice can never be heard.

But I had a childhood, and I was allowed to make mistakes and find my own way in the world without the glare of the spotlight.

When I first heard that Michael had died, I was in London, days away from the start of my tour. Michael was going to perform in the same venue as me a week later. All I could think about in this moment was, “I had abandoned him.” That we had abandoned him. That we had allowed this magnificent creature who had once set the world on fire to somehow slip through the cracks. While he was trying to build a family and rebuild his career, we were all passing judgement. Most of us had turned our backs on him. In a desperate attempt to hold onto his memory, I went on the internet to watch old clips of him dancing and singing on TV and on stage and I thought, “my God, he was so unique, so original, so rare, and there will never be anyone like him again. He was a king.”

But he was also a human being, and alas we are all human beings and sometimes we have to lose things before we can appreciate them. I want to end this on a positive note and say that my sons, age nine and four, are obsessed with Michael Jackson. There’s a whole lot of crotch grabbing and moon walking going on in my house. And, it seems like a whole new generation of kids have discovered his genius and are bringing him to life again. I hope that wherever Michael is right now he is smiling about this.

Yes, Michael Jackson was a human being but he was a king. Long live the king.

マイケル・ジャクソンは1958年8月に誕生しました。私もです。
マイケル・ジャクソンは中西部の郊外で育ちました。私もです。
マイケルには8人の兄弟姉妹がいます。私もです。
マイケルは、6歳にしてスーパースターになり、世界一愛された子どもでした。
私は6歳にして母を亡くしました。彼は貧乏くじを引いたと思います。

私には母親が、彼には子ども時代が無く、人は手に入らないものに執着するものです。
幼少期の私は母親像を追い求め、時に上手くいくこともありました。
しかし、世界中の注目を浴びながら子ども時代を再現することはできますか?

間違いなくマイケル・ジャクソンは歴史上最も偉大な才能です。
早熟な8歳の彼の歌声に、胸が締め付けられるような思いをしたり。
F・アステアの優雅さとM・アリのパンチ力を持ち、彼の音楽は幾重にも重なる魔法のよう。
踊りたくなるだけでなく、大空を舞い、どんな夢でもかなえられる気になります。
それがヒーローの役目。マイケルはヒーローでした。

世界中のスタジアムでパフォーマンスをして、何億万枚も売上げ、首相や大統領と食事をして。
女の子も男の子もみんな彼に夢中になり、誰もがそのダンスに憧れました。
別次元の人のように思えましたが、彼も一人の人間。例に漏れず、シャイで不安定でした。

私は彼と親しくはなかったものの、1991年に彼を知ろうと思い、食事に誘ったのです。
「支払いも運転も私。二人きりで」と。彼は警護もつけず、一人で家に来ました。
レストランには私の車で。サングラス姿の彼に言いました。
「リムジンと話してるみたい。サングラスを外して目が見えるようにしてくれない?」と。
彼は少し考えると、窓からサングラスを投げ、ウィンクして言いました。
「見えるようになった?これでいい?」
彼の繊細さと魅力が見えた瞬間でした。

私は彼にフライドポテトを食べさせ、ワインを飲ませ、悪い言葉を言わせました。
彼がしないようにしてきたことをさせたの。
その後は自宅で映画鑑賞。
子どものようにソファに座り、映画の途中で彼は私の手を握りました。
恋人ではなく、友達を求める手のように思えました。私は喜んで応じました。
そのときの彼は、スーパースターではなく、一人の人間でした。

何度か出かけましたが、その後は連絡が途絶え、魔女狩りが始まったのです。
マイケルへの批判が次々に出てきました。私には彼の痛みがわかります。
世界中が敵になったような、あの苦しみ。自分の弁護すらできない無力さ。
群集の怒号にかき消され、自分の声は届かないと思い知るのです。
でも、私には子ども時代があり、過ちを犯しても注目を浴びることなくやり直せました。

マイケルの死を知ったのは、ツアー前のロンドンでした。
彼も一週間後に公演を控えていた会場で、あの瞬間に思ったことは、「彼を見捨ててしまった」。
私たちが、彼を見捨てたのです。
かつて世界中を熱狂させた偉大な人物を、平気で見過ごしていたのです。
彼が家族やキャリアの再建にいそしんでいる間、世間は批判に徹しました。
みんなが彼を裏切ったのです。

私は必死で彼を思い出そうと、在りし日の彼の動画をネットで夢中で見ました。
そして思ったのです。なんと個性的で独創的で希少な存在かと。
あのような人は二度と現れません。彼はキングでした。
しかし、人間でもありました。私たちと同じ人間です。
その真価に気付かぬまま失ってしまうことも。

最後はポジティブに締めましょう。
9歳と4歳の息子は、マイケル・ジャクソンに夢中で、家では股間つかみやムーンウォークが大人気。
彼の才能を知った新世代の子どもたちが、彼に再び命を吹き込んでいるようです。
マイケルは、今どこにいてもきっと微笑んでいる。
そうです。マイケル・ジャクソンは人間であり、キングでした。キング万歳。

http://www.mtvjapan.com/video/program/19585

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January 10, 2010

死んで骸骨になるのではなく、骸骨があって生きている。

IMG_0006-s日本美術解剖学会 (会長 養老孟司 東京大学名誉教授)

2010年1月9日設立記念大会
東京藝術大学 美術学部









美術解剖学研究の第一人者を結集し、日本美術解剖学会という団体が設立された。アカデミックでエンターテイメントというコンセプトを掲げた摩訶不思議な団体は、日本で最高レベルの美術解剖学研鑽の場を目指すという。

で、昨日 の設立記念大会は、東京藝術大学 美術学部 中央棟1階 第一講義室で開催された。講義室は美術関係者はもとより、警察の似顔絵を作成する部署の方まで幅広く参集。

まず、2本の講演があった。「聖なる肉体」(伊藤俊治 東京藝術大学教授)と、 「国宝・阿修羅展・・光の演出による表情の見せ方」(木下史青 東京国立博物館デザイン室長)そして、後半は、シンポジウム「科学の骨、美術の骨」というこしとで、遠藤秀紀(東京大学教授)、小田隆(成安造形大学講師)、坂井建雄(順天堂大学教授)、松井冬子(画家)、司会:布施英利(東京藝術大学准教授) という豪華メンバーで討議された。

死体の研究というのは、生体の研究の延長戦にあり、死んでいくために生きていく、ということの逆を遡ることで、生を考えるというのがテーマだと思った。

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December 26, 2009

I wish you the best holiday season !

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Sony Digital Night 2009.12.18

 

 

 

 

 

先週の金曜日(2009.12.18)新宿ダイトーに、いつも仕事でお世話になっている方々にお集まり頂き、ささやかな忘年会を開催しました。...と思ったらおおごとになった。300人以上の方々にお越しいただき大盛況!

演しものとして、最初にスリービックリーズがマイケル・ジャクソンからソウルヒットまで歌って盛り上げてくれた。次には、活弁士の坂本頼光さんの幻の名作を力演。最後は、agehahの優美な踊りもあるアロマボイス・ライブまで2時間30分のパーティだった。

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もうここでは列挙しきれないが、写真家の山内順仁さんは、素敵な世界遺産のアート作品をお客様プレゼントに提供してくれた。また、山内さんが撮ったこともあるグラビアアイドルの川奈栞さんやはづきさんも駆けつけてくれました。他にも、写真家の青山裕企さん、宮下マキさん、たつろうさん。

小説・コラムを書いてもらっている島田佳奈さん、鈴木杏里さん、大崎ユリさん、安藤房子さん、北村雄一さん、高梨由さん。

コミック・キャラクターを描いてもらっているデハラユキノリさん、JUN OSONさん、冬川智子さん、中村景子さん、草野魚さん、時雨かのこさん、pekoさんとお仲間の方々、東雲光流さん、マーブルデザインラボの森泉美樹子さんと本郷ちさとさん、佐藤ノリさん。

アニメーターの文原聡さん、映画監督の河崎実さん、通販マンのベガス味岡さん。ミュージシャンのミック・イリキさん、山本佳奈さん。

アーティストの玉ノ井哲哉さん、西武アキラさん、山城えりかさん、桂典子さん。などなど紹介モレやご挨拶も出来なかった方 多数と思います。申し訳ない!(順不同)

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そして、駒井顧問の音頭でフジオプロの赤塚りえ子さんに、本家の"シェ〜"を最後に壇上で決めていただきました!さすが、本物は手が直角です。

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December 12, 2009

未来を夢見て半世紀

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SF50「Sync Future」展

2009.12.10-
渋谷パルコ PART1

 

 

 

早川書房の「SFマガジン」創刊50周年記念として記念アートブック「Sync Future」を発売。 「Sync Future」展では、掲載されているイラストのデジタルサイネージ展示やリトグラフ展示が行われているほか、パルコ限定『Sync Future』特装版や限定グッズなどが発売。森本晃司、平田秀一、KEI、村田蓮爾、田中達之、磯光雄などの作品が展示。

ティーン時に「SFマガジン」を毎月楽しみに読んでいたワタシとしては感慨深いものがある。眉村卓や小松左京のSF短編などを読んで空想を広げたものである。

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町もピコピコなクリスマス

8bit YES WE LOVE
Merry
Christmas
2008 LOFT

 

 

 

先日、ピコピコ音のSaitoneさんを記事にとりあげたが、渋谷の町も8bitだった。今年は、マイケル・ジャクソンの逝去もあり80年代がブームになっているのかもしれない。80年代は8bitゲームの草創期でもある。

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December 05, 2009

アートピクニックは草原の輝き

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2009.11.29[SUN] 11:00〜20:00
表参道ヒルズB3F スペース オー

 

 

 

 

桑原茂一が主宰する創刊21年を迎えたフリペ『dictionary』がプロデュースするフリマイベントに行ってきた。

1.オリジナル作品の展示(即売)
2.作家私物のバザー
3.写真&イラストによるスライドショー
4.DJ&VJショー
5.T-SHIRTS AS MEDIA2010展示&販売
6.mother dictionary remakeT-SHIRTS展示
7. アーティストが選ぶ面白映像&トークショー and more

【参加アーティスト】
enlightenment、groovisions、姉川たく、TGBdesign.、DEVILROBOTS、大橋修(thumbM)、小町渉、常盤響、 ena、タキ・オノ、東泉一郎、安斎肇、石川直樹、GDC、SHINICHIRO ARAKAWA、河原光、 服部一成、NEXUS VII、若木信吾×マイク・ミン×角田純、LOOPWHELER、regina、赤摩千穂、eri、遠藤幹子、kitica、home spun、FOR岡野隆司、嶺川貴子、yacco、ユーゴ。、優恵、曽田耕 etc...

やはり小町渉さんのブースは好みにぴったりだった。小町さんとも話すことが出来た。そのブースが小町さんのブースと知らずに話していたが、昔の沢田研二のシングルのジャケットデザインが凄いという話から始まり、ジュリーが作詞した「決めてやる今夜」(1979年武道館)を内田裕也と歌っている映像は垂涎と教えてもらった。THE HUMAN LEAGUEのLPを譲ってもらった。2010年1月8日からROCKETで個展があるとのこと。楽しみ!

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あと、我喜屋位瑳務(がきやおさむ)さんのジンを2冊購入。ブースの壁にライブペインティングをしていたので、話しかける。中断させて申し訳ない。でも、我喜屋さんのキャラの目が面白い。目がいっぱいある。たくさん見え過ぎるのか、ボーとしているキャラたち。

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December 03, 2009

生きること=アートなり フランス万歳!

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No Man’s Land :
創造と破壊@フランス大使館–––最初で最後の一般公開
2009.11.15
旧フランス大使館

 

 

 

 

旧フランス大使館でレセプションがあったので行ってきた。

今回、解体されるフランス大使館を設計したジョゼフ・ベルモン(1928-2008)は、起工された1952年に24歳の若い建築家であった。パリのフランス国立高等美術学校を卒業したばかりの意欲的なジョゼフは、同時に高級官吏だったのだ。彼の建築は、新古典主義から脱皮し、トリアノン様式の非常にモダンな大使館の先駆けとなった。ジョゼフは後に大統領府付きの建築家になるのである。

その大使館が老朽化のため解体されることとなり、引越しの終わった事務室、 廊下、資料室、階段、地下室、中庭など、屋内外のあらゆる空間でアート展が企画された。フランス、日本の70人以上のアーティストが参加し、ヴィジュアル・アート、ファッション、デザイン、 建築、パフォーマンスなど、あらゆるジャンルの創作を手掛けた。いかにもフランス人らしい趣向!

入口は、ニコラ・ビュフ Nicolas Buffe (1978)が制作した段ボールにチョークやマジックでロボットの門が待ち構えている。(左)

中にはいると、スピーディー・グラフィトー Speedy Graphito(1961)がブランドのネオンサインをグラフィティの早描きでライブペイントしていた。(下中)

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三宅信太郎 Shintaro Miyake (1970)は、フランス国旗の被りモノでマジックで壁にキャラクターを描き続ける。

ヒロミックス HIROMIX (1976)は、綿が敷き詰めてある部屋にロマンティックな写真が飾ってあった。

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November 22, 2009

イェーイ!めっちゃホリディ♪

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2nd ANNIVERSARY
ANGEL LOVE
はるな愛

2009.11.22

はるな愛ちゃんが三軒茶屋にお好み焼き店「A GARDEN」が開店してもう二年たった。酒屋さんや常連さんを集めたプライベートパーティがあったので、行ってきた。

久しぶりに"エアあやや"やAIKOさんのドリームガールスも見る事が出来、大満足。ブレイク直前に一緒にした仕事のポスターが飾ってあったのは嬉しかった。

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November 15, 2009

トーキョーのシブい夜

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「夜フリマ」

2009.10.31.Sat
HOTEL CLASKA
東京都目黒区中央町1丁目3番18号
03-5773-9667

 

 

目黒通りにあった古い小さなホテルが数年前にリノべートされ、オサレなプチホテル「CLASKA」になった。DJが楽しめるレストラン、ギャラリーや都心を見ながら夕涼みできる屋上など楽しみ方がいろいろある。

今回は、数回目の"夜フリマ"。タカギアヤコちゃんが出展しているということで誘ってもらった。早速、キラのUAMOUをGET ! 他にも、いろいろ買うも、だいたい100円くらい。楽しい一夜だった。屋上から、東京タワーをパチリ。

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November 09, 2009

デザイン百花繚乱

design デザイン・フェスタ vol.30

2009.10.24,25 11:00 - 19:00
東京ビッグサイト 西1, 2, 3, 4
東京都江東区有明3-21-1
03(5530)1111

 

 

 

先日のデザインフェスタの報告が遅くなった。全体としては、GEISAIもデザインフェスタも低調な感じがする。奈良さん風とか、村上さん風ばっかりの感じ。

まずは、知人関連。左下は、携帯で「小6女子」を連載してくれている冬川智子さんのブースで冊子をもらう。相変わらず面白い"あるあるネタ"。 右下は、鈴木杏里さんが書いた携帯小説「ハーフサイコ」を描いてくれたイラストレイターの彩saiさん。

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左下は、Namikiさんのアクリル画。意外と大きい。色使いが綺麗。主題や発展はこれから、という感じ。技法が面白いから題材がユニーク、というところまで発展してほしい。右下は、ネモトナオミさんの落書き!無理いってその場で彩色してもらった。すべての登場人物の目がロンパリになっている。

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下。うみふく氏。相模原市の南端で「海福雑貨(うみふくざっか)」というお店を経営する傍ら、「地図絵」を描いているらしい。

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November 01, 2009

2世紀の励まし言葉と印刷

PN2009103001000786_-_-_CI0003 ローマ帝国時代レバノン地下壕
石版モザイク発見

『元気を出せ 誰だって死ぬのだから』
(西暦196-197年,2cm角の石版モザイクが縦1m、横1.5mの範囲で出現。白地に黒で描かれた「BKT」の文字が、ティール暦の322年を示す)

 

奈良大学の西山要一教授(文化財学科 保存科学)と研究チームが確認し、2009年10月30日発表した。

古代ローマ時代のモザイク発見 レバノン南部の世界遺産ティール郊外にある壁画を伴った地下墓。地下床面のモザイクに、ローマ時代最盛期の2世紀を示す記述がある。地下墓は石灰岩の岩盤をくりぬいた構造。四方の壁にクジャクやつぼ、死者にささげる魚や鳥といった食物、ワイン壺などが色鮮やかに描かれている。立派な造りで氏族の長が埋葬されていたらしい。

墓室内部の床には、穴が7つ掘られていた。深さ60-80cmで、6つには棺が、1つは水がめなどが収められたらしい。床面に約200点の土器やガラスの破片、人骨が散乱していた。

モザイクは墓室の入り口付近の床にあった。1片が2センチ角の石が敷き詰められ、白と黒の2種類。黒い石を使ってギリシャ文字が描かれ、「元気出せよ 誰だって死ぬのだから」という意味の言葉と年号が記されていた。年号は「BKT」とあり、ティール暦322年(西暦196年10月-197年10月)を意味する。

西山教授は「死者か遺族への励ましの言葉で、墓の中で永遠に命が続くという思いを込めたのだろう」と話す。

ピクト文字の原型が2000年近く前からあったとは...。文句が相田みつをっぽいのも、人類の普遍性をあらわしているようで微笑ましい。



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October 25, 2009

あれやこれやのコンテンツ市場

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東京コンテンツマーケット2009

2009年10月14-16日 10:00〜18:00
東京ビッグサイト 東1ホール
主催 経済産業省 関東経済産業局

 

 

 

今年は、例年の六本木ヒルズから東京ビックサイトに移り、かつライセンシングアジアとしの共同開催でスケールが大きくなった。

まずは、タカギアヤコさんのUAMOUの新作をみる。イルミネーションあり、ソフビありで素敵だった。特に今回はスケルトンのUAMOUちゃんの中にソフククリームが詰まったのが可愛い。

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いよいよ、来年が生誕30周年のナムコ パックマン!思えば、誕生した1980年は、15歳。中学の数学の山村先生があれは頭の体操になるから行ってみろ、と教えられ出来たてのゲームセンターにいったものだ。のどかな時代。

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あとは、「モザイコ」というモザイクのようでモザイクでない。遠くから見ると原型がわかるが丸や四角を組み合わせたすべて手作業の面白アート。下右は、マーヴェルブースのアイアンマン!

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東宝は、やはりゴジラ。新作がなくてもキリン缶コーヒー "FIRE" のイメージキャラクーとなっている。今月からプライズのピンバッチが缶についてくる。5種類集めなきゃな。

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帰り際、望月三起也先生の「ワイルド7」の原画が展示してあった。昔、実写ドラマで好きになり、佐藤蛾次郎を知った。 7 1



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