April 13, 2008
覗く人は、どんどん横滑りして...
早稲田文学1
ワタシの青春時代の読書に欠かせない存在だった。アラン・ロブ=グリエ氏の訃報を新聞で読み、あらためて「消しゴム」を読んだときの衝撃を思い出した。それからというもの取り憑かれたようにロブ=グリエ作品、敷衍してヌーボーロマンの作品を読み漁った。
当時、四条河原町にあった京都書院がその手の本の宝庫であった。大学生の時に、東京のアテネフランセーズでフランス映画祭があり、ロブ=グリエが監督した「囚われの美女」の字幕なし上映で本人も来日し、鑑賞中 後ろの席にいたことが思い出深い。それにしても、早稲田文学より追悼特集がないのは残念である。
余談: 先日亡くなった市川崑とは1960年にロブ=グリエ脚本の 「涙なきフランス人」を映画化する企画があったが実現しなかった。
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「訃報:アラン・ロブ=グリエさん死去、ヌーボー・ロマン作家 85歳」
ヌーボー・ロマン(新しい小説)の代表的作家としてフランス文学史に一時代を築いたアラン・ロブグリエさんが18日、フランス西部カンの病院で死去した。85歳。直接の死因は不明だが、心臓疾患で入院していた。地元メディアが伝えた。
1922年8月18日ブルターニュ半島西端に位置する港湾都市 フランス西部ブレスト(Brest)に生まれる
1944年、国立農業学校卒業後、農業技師としてモロッコやカリブ海のフランス海外県マルティニクなどで勤務。
1950年代から本格的な著作活動に入り「消しゴム」(1954年)を発表してロラン・バルトが絶賛する。
1956年からの新フランス評論誌上の評論で、自らヌーヴォー・ロマンの旗振り役となる。
1961年、アラン・レネ監督の映画『去年マリエンバートで』で脚本を務める。
2004年、アカデミー・フランセーズの会員(座席番号32)に選出される
2008年、フランス北西部カーンの病院にて死去。85歳没
以降のフランスで、物語形式の伝統的な小説を否定し、革新的な表現を探求したヌーボー・ロマンの旗手。登場人物の心理分析を排除し、視覚描写を徹底する前衛的作風
約20の小説のほか「新しい小説のために」などの評論や、「去年マリエンバートで」の脚本も執筆。映画監督も務めた。
フランスのアルバネル文化・通信相は「文学における真の革命家だった」と死を悼む声明を発表した(共同通信)
迷路のなかで (講談社文芸文庫)
反復
覗くひと (講談社文芸文庫)
新しい小説のために (1967年)
快楽の館 (1969年) (今日の海外小説)
快楽の漸進的横滑り (1977年)
嫉妬 (1959年)
幻影都市のトポロジー (1979年)
ニューヨーク革命計画 (1972年)
弑逆者
グラディーヴァ マラケシュの裸婦
去年マリエンバートで
囚われの美女


