April 15, 2007
神々しいまでにドラマティクな浦島太郎
山本芳翠 : 浦島図
この作品は,侍女や童子たちに伴われた浦島太郎が玉手箱を手に大亀に乗り,見送りの乙姫と別れて竜宮城から帰郷する場面を描いている。
山本芳翠(やまもとほうすい)=1850年(嘉永3)(現岐阜県恵那郡明智町)〜1906年(明治39)(東京)
明治期を代表する洋画家である山本芳翠(幼名為蔵,為之助)は,美濃国明智(現岐阜県恵那郡明智町)に生まれ,明治元年京都に出て南画を学んだ後,横浜で五姓田芳柳の作品を見て洋画に目覚め,芳柳に入門して芳翠と号す
明治9年(1976)工部美術学校の創立と同時に入学するが翌年退学
明治11年,パリ万国博覧会に際しパリに留学,おもにフランス新古典主義の流れをくむ画風を学ぶ
明治20年帰国すると,パリで同宿だった木版画家合田清と生巧館画塾を開設して後進の指導にあたる
明治22年,明治美術会の結成に参加。同会の展覧会に《十二支》《浦島》などの話題作を発表。黒田清輝が帰国すると生巧館の門下生を天真道場に託す
明治29年の白馬会の結成には会員として参加。
http://akechi.city.ena.gifu.jp/housui/gallery.html



