February 11, 2006
ルパンの前にダディがいた!
少年レボリューション―ダディ・グース作品集
ダディ・グースは天才であった。そしてもしかしたらまだ天才かもしれない。1968年「劇画コミックサンデー」に掲載された作品の作者ダディ・グース氏は、まだ17歳だった。当時の双葉社の編集者清水氏(後の社長)は、いともあっさりとこの持込をOKし、天才はその後、日本式劇画の基礎を築く。しかし、天才は天才であった。その後天才は漫画を描くこともなく、失踪した。
しかし....それは30年以上後に熱狂的なファンがこの本を復刻させるための壮大なシナリオだったのだ。
ダディ・グース氏とは.....
■内藤 陳(ないとう ちん、1940年 -)は、日本のコメディアン、俳優、書評家(蔵書多数なるも「“蔵書家”ではなく“本のお勧め屋”」とコメント)。
東京都出身。日本大学芸術学部中退。プロレタリア文学作家内藤辰雄を父に持つ。1962年にトリオ・ザ・パンチを結成し、「おら、ハードボイルドだど!」などのギャグで人気を博す。1981年月刊PLAYBOY誌日本版で「読まずに死ねるか!」を連載し、冒険小説やハードボイルド小説を紹介して日本で市民権を得るのに貢献した。1981年に日本冒険小説協会を設立して会長に就任。以後、「読まずに死ねるか!」シリーズを単行本として出版。バー「深夜プラスワン」(ギャビン・ライアルの作品から頂いた)を経営。


